娘にとっても、彼女との出逢いは衝撃的なものとなったようだ。
我が家のピアニストも、あの日以来変わった。
練習量が格段に増えている。その様子は迫力さえ感じる。
目つきが変わった。音大進学に対して一層力が入ったようだ。
少しは指を休ませなさい。
そう娘に言うこともある。そのくらい壮絶な練習なのである。
『中途半端な気持ちじゃダメだって分かった』
今までだって真剣に練習してきたじゃないか。
ピアノのレッスンだって、小学生の頃にひどい風邪をひいて
休んだのが1回あるだけで、休まずに通っていただろ。
父として、見上げた娘だと思っていたほどだった。
何も中途半端なところなんてないぞ。
『生活の中の一つ一つに、もっと真剣になるの』
それは良いことだな。
些細なことにも一生懸命になれることは幸せなことだし、
なんでもない普通の生活の中に、実は全体にとっては
大事なことがあったりするからね。
でも、急にどうしたんだい?
『生き様が音に出るの、きっと』
ほう、なるほど。 面白いこと言うね。
たしかに、演奏家たちは、元々同じ譜面を見て、
そこに綴られている音譜を実際の音に変えてるわけだが、
演奏家それぞれに違いが出てくる。
テクニックの違いはもちろんのこと、表現の違い、解釈の違い、
様々な違いが出てくるね。
単純に考えれば、テクニックの差はその演奏家の練習量の差が出る
と言ってもいいだろう。
表現の差は、演奏家の感性の差。解釈の差は、知性の差。
生き様にも差が出るのか?
演奏家の自身の人生に対する姿勢・・・それが音に出るのか?
何にしても、善く変わってくれるのなら嬉しいのもである。
あの日依頼、娘は貴香姫とのメールが日課になっているらしい。
メールじゃたいした内容が伝えられないだろう、そう思っていたが、
そこは感性豊かなピアニスト同士。
メールだけの交信でも、十分に思いが伝わってくるそうである。
貴香姫は、一体どんな文章を書くのだろうか。
まさか、文章にも、演奏の時のような魂が込められているのか。
私にとっては高嶺の花、孤高の存在である貴香姫と
娘は友達として日々メール交換をしている。
同性であり同年代ということもあるだろう。
同じピアノを弾くもの同士ということもあるだろう。
羨ましいと思いつつも、
2人をそっと見ていてあげたい、そんな気持ちであった。
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